大久野島は日露戦争時代からの史跡を残す島で、
中日戦争から第二次世界大戦中には、主に毒ガスを製造していた場所です。
という事で、ウサギと戯れながらではありましたが、
それらの遺構を巡って参りました。
まずは前回も紹介した、「火力発電所跡」 ↓
芸予要塞時代の火薬庫。
毒ガスの製造が始まると化学兵器の製品置き場として使われたそうな。
この先からは、見て回るのも楽じゃなかったですよ~^^;
島の展望台と、その近くにある「中部砲台跡」を目指し、
ジャングルの様な山道を進みました。
そして、辿り着いた展望台は景色が360度見渡せる素晴らしい景色でした♪
回転星座盤なんてもんがありまして、
夜は満点の星空が見れる予感♪
この展望台、辿り着くのが大変だったと書きましたが、
山自体は、標高100m程度の山です。
しかも「安心して下さい!」(←とにかく明るい安村風に読んで!)
私達は訳も分からず過酷な連絡歩道を歩いて来てしまいましたが、
展望台までは、ちゃんと舗装された遊歩道がありますよ!
そしてこれが「中部砲台跡」 ↓
砲台跡と案内板には記してありましたが、砲台には見えないですねぇ~。
老朽化の為、内部には入れな建物が殆どでしたが、ここは入れました。
外側から見ると、内部が暗く見えますが、
中に入ると案外明るかったです。
建物の脇には足場の悪い階段があり、
この上に砲台があるのかと思い、頑張って上ってみましたが、
その様な物は無く、普通に道があるだけでした。
結局、砲台か何だか分からずじまい・・・。
その後、中部砲台跡の階段を上った先にあった道を進むと、
今度は延々に下る道となる。
本当に長く急な階段道で、途中から普段使わない足の筋肉がぷるぷる、
膝がガクガク笑い始めた。
次の日は、自転車に乗ろうと思ってるのにコンディション悪なるわ ^^;
そして、やっとの思いで、「発電機関舎跡」「地下兵舎跡」へと到着。
その並びに「加農砲跡」がありました。
日露戦争前、芸予要塞の砲台。
第一次世界大戦が始まり、毒ガスの生産が始まると、
加農砲は取り外され、毒ガスのタンクを置く様になったそうです。
↓ これはその毒ガスタンク用の台座。
その他に、「砲側庫跡」なるものがありましたが、
完全に中は水没しちゃってました。
ずっと山道を歩いて来ましたが、
少し歩るくと、やっと海が見渡せる広い場所に出れました。
でもまだあります。
「長浦毒ガス貯蔵庫跡」
終戦まで毒ガスを製造していましたが、
第二次世界大戦が終わると、進駐軍の指示もと毒ガスを処分。
建物の壁が黒いのは、その時に火炎放射器で焼却した跡だそう。
と、まぁ~、前回 行きそびれた場所を巡ってみましたが、
実はまだ不完全だったりする。
しかし、もう次の予定があるのでホテルに向かわなければなりません!
また次回もここを訪れなければ!だわ(・ω・)ノ
そして、よくよく考えるとお昼ご飯も食べてないし・・・(´・ω・`)
島のレストランは混み混みで、ゆっくり食事もできそうもないので、
最後に綺麗な海を眺め、島ともお別れです。
そして島から戻ると、船の切符売り場にあるソフトクリーム屋さんで、
一時的にソフトクリームで飢えをしのぎました。
他にも、まあまあ美味しそうな、おにぎりも売ってましたけど、
もうこうなったら、夜ご飯まで我慢です!(・ω・)ノ
そんなこんなで、大久野島(うさぎ島)観光を終え、ホテルへ車を走らせるのでありました~。
★つづく★
























